色々なことを、気の向いたままに。
事象境界線
愛を捧げる者
2009年 09月 23日 (水) 20:16 | 編集
2次元にしか愛情を注げない人がいても不思議ではない世の中。

私の場合は3次元ですが、どちらかと言うとメカニカルチックなものがその対象のようで
生物学的に生きていようが生きていまいが、あんまり関係ないようです。

数学はどうなんだろう?

問題を解くという行為が、叶わない恋にのめりこむものだとすれば
といた瞬間は、一体何に例えられるのだろう。

移動するのに荷物を整理したら久しぶりに読みたくなって。
そんなことをしている場合じゃないのにw

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

私が持っているのはハードカバーのですが、今は文庫が出ているのでこちらがお薦め。
買うなら文庫まで待つ私が買ったのだから、よほど読みたかったんだな~と思います。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

数学って不思議だ。
受験なんてなければ、世の中学生・高校生・大学生は皆面白いテーマの面白い研究をすればいいのに。なんて思ってしまう。

受験はおいておいても、分かるまでやる的なことを考えると、高校までの学費を全て国が持つよりも、飛び級制度と、分かるまでしっかり教える制度を確立してほしいと思う。
正直中学まででも社会に出るには十分だと思うし(学ぶ内容としては)、大学でたって社会でそれを活用している人は少ないどころか、本当に大学でたの?という人も多いのが実情。

そのぞれの学習機関が期待される機能や成果を発揮できる仕組みにかえてほしいよね。

人には学ぶ時間がそれぞれに応じて必要なのだから、おちこぼれを作らないと言う観点からは、高校までの費用を全額国負担にしたって、中身が変わらず、ところてんのように押し出されて定年で卒業させられたら、時間が足りない人には分らないまま終了してしまい、結局落ちこぼれてしまうよ?

この点、実際に先生はどう思っているんだろう?
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