色々なことを、気の向いたままに。
事象境界線
なんとかここまでやってきて
2009年 06月 22日 (月) 21:18 | 編集
偶に「本当にこれでいいのかな?」
そう思うことがある。

寄らば大樹的な
皆で渡れば的な
他の人が的な

そうじゃないと思うことはできても
そうはならないと行動することができない

目的と手段を
知恵と知識を
それらをごっちゃにしたような
どろどろのスープでもがけばもがくほど
絡みついて離れなくて
永遠に上がれない
そんな錯覚を覚える

何かを見て感じる度に
誰かの話を聞く度に
なんて興味がない人間なんだろう
なんてどうでもいい人間なんだろう
自分は
そう思ってしまう

何にでも興味があるようで
実はない
何かを考えているようで
考えていない

なんて虚ろな存在なんだろう

新しいものを手に入れても
急激に冷めていく
その感覚が

物質的に豊だとか
精神的には豊ではないとか
幸せの定義だとか
豊かさの尺度についてだとか
そのどれでもない
そのどれにも説明できない何かが

きっと私には必要

でもそれが何なのか
やっぱりまだわからない
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この記事へのコメント
船を造るヒト、船に乗るヒト
いいと思うんだ。
誰かが作ったシステムの上に乗っかるのは。
それは誰かがが使って、誰かの目的を達成するために作ったはずだし、その目的はいつだってひとつじゃなかったはず。

このごろ、ほんとうに純粋なものごとは理由なんかないってことが、おばかな私にもようやくわかってきたみたい。
言語化できる理由や目的を言ってしまうとそれは純粋じゃなくなるような気がして、あまり言わなくなった。

「やりたいからやる」
「やりながら確かめる」
「理由なんかイラナイ」

これでいいんだと思う。

よくわからないものに向かっていって、言葉ではない感覚で掴んで、言葉以外の何かで伝える。
たとえ言葉で伝えようとしても、文字と文字の間からフヨフヨと漂う何かで伝わる。

それが伝わるヒトに会いたいと思う。
2009/ 06/ 23 (火) 04: 25: 28 | URL | maya # niSanOG6[ 編集 ]
非言語感覚
なにか新しいことを聞くと
「凄い」
「知らなかった」

なんで知らなかったのだろう?
無知や無関心は恐ろしい。


私は理由が先にある方が稀で、どうして?と聞かれると答えに窮してしまいます。

すると、なんて無意味で無関心な人間なんでしょう!と感じてしまうのです。


だからといって、それが悪いと思ってはいなくて、ただ別のなにかなら表現できるのかも?

なんて……


そう話すそばから、実はそう思っていない、とグルグルして疲れてしまう。

このパターンが多い気がします。



言葉と言葉の解れから溶けだす気持ちが伝わる人って貴重です。


ほとんど寝てなくて何言ってるのか。
2009/ 06/ 23 (火) 18: 57: 30 | URL | MK # EGTCt1XI[ 編集 ]


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