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パブリックドメイン
2009年 01月 06日 (火) 00:04 | 編集
横山大観がパブリックドメインに。

この記事を読んで、あ~、そうか絵画も表現されたものだから、小説や歌やらと同じように、著作権があるんだよな。と呆然としてしまった。イラストならなんとなく、身近だから分かるけど、絵画となると急に遠い世界になってしまい、いまいち実感がわかないというのが実情。日本画なんて特に。

普段ネット上では、コピーの話題として楽曲や映像があがるので、すっかりそのほかのものについて忘れていたけど、それだけじゃないんだよね。写真だってそうだし、とにかく色々著作権があるものはあるんだよね。

で、70年化については賛否色々あるけれど、文化や芸術は繰り返しの螺旋のようなつながりの中にあって、誰もがそのことをおぼろげながらにも認識しているのに、じゃあはっきりと「また還元されるべき」というのとは別問題という雰囲気が漂っている。死後50年もそれなりに保護されているけど、70年はもっと保護されるんだろう。か?それはいいけど、私はそれらが、雑多な野に放たれ、ごちゃごちゃになりながらもそこから生まれてくるものを観てみたいと強く思います。

最初は多くの人が真似から入り、そのままただのまねでやっていくと見識ある人から手痛い批評を受けます。
それでいいではないですか。そうやって、もまれて磨かれ生き残ったものから光が放たれるのであれば、それは芸術や文化にとって大きなプラスになるはずです。
もちろん作品は保護されるべきですが、いたずらにその期間が延長されていくと、保護というメリットがどんどん薄れて、デメリットのほうが大きくなるような気がします。

期間についてはどのくらいが適当かは私も判断できませんが、50年は長いながらも適当な長さだなと思えてきます。70年に比べると。それは時代によっても違うでしょうが(つまりもっと未来においては70年もありかもしれない。それは寿命も関係していると思う)、今70年はまだ早い。
(といっても国際性ということを考えると多くの国が70年となった場合、日本もそれに追従せざるを得ないと思う。たとえそれだけの期間が必要でないとしても、多くの人はより長く保護されるほうを選んでしまうだろうから。そうなると長すぎることの弊害よりも、長くないことによる弊害(作品がその土地で生まれなくなるor広まらない、入ってこない)が大きくなると思う)

元のリンク先にあるように、作品の持つ価値は変わらないでしょうが(私もそう思います)、それを元に商売や、収入を得る人にとっては、価値が変わってしまうというところに大きな隔たりというか、溝があるんだろうな。

リンク先では早速、大観の画を直リンクの上サイト内で表示しているが、誰もこれが「横山大観の画である」とは認めても「横山大観の作品だ」とは認めないだろう。作品の持つ価値というのはそういうものだと思います。たとえ著作権が切れて贋作が多く出回るようになったとしても。

過ぎたるは及ばざるが如し。でも誰でも最初は過少や過多を求めてしまう。適量を知らないから。
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