色々なことを、気の向いたままに。
事象境界線
スポンサーサイト
--年 --月 --日 (--) --:-- | 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
始まりと終わり、そして最後があった
2008年 07月 25日 (金) 01:16 | 編集
オカルト (新潮文庫)
オカルト (新潮文庫)


ちょっと前には読み終わっていたのだけど、これってこれまで読んできた下地になるものが書いてあるのかなぁ。それっぽい話が出てくるので、そうなんじゃないだろうかと思ったのだけれども、種(シード)として実体験に基づくものが入っているというのは、表層だけを剥いで持ってきたとしても、強いものがあるな~と感じてしまう。根本的には内省やコンプレックス、強烈な印象が強く影響しているのだと思うけれど、色んな作品の裏にそうした影がちらちらと見えるのはとても楽しいことだと思う。

表現がおかしい。

影が見えるのは面白い要素のひとつになっているのだと思う。

少し違う。

その影をきっかけに違う扉が開かれる。

これかなぁ。



どんな人でも、ある程度の実体験に色をつけて、体裁を整えればそれなりに見れる作品が出来て、それは今の世ならベストセラーになるのかもしれない。どの程度売れればベストなのかは知らないけれど、本屋にはポップが出されて平積みされるだろう。もっとも過去の実体験なんて、経験した媒体から外に出る時点で脚色されているものなので(あくまで経験媒体の主観でしか解釈は出来ない。その解釈を改めてメタ的に客観視して別のものを作ることは出来てもそれは、元のものの別の形の何かだ)、色をつける必要なんてなくて、文章上の決まりごとや、口当たりのいい、耳に心地よい響きを持つ言葉に少しだけ訂正するとか、そんな、ちょっとした修正でよいのかもしれない。

一番面白いのは何よりも、どれよりも、自分自身の中にある物語なのだから。
でも、それに正面から向き合えて、なお取り込まれることなく進める人はどれくらいいるのだろう?

猜疑心、正義、欺瞞、真実、偽り、清楚、汚濁、どれもこれもがたった一つのものをある角度から照らした側面に過ぎないということは、人というものが個人単位でも一つではないということなのかもしれない。
Comment
この記事へのコメント


コメントを投稿する
URL :
comment :
password :
secret : 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright (C) 事象境界線 all rights reserved.
designed by polepole...

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。