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リンクの整理とそれとこれ
2008年 05月 31日 (土) 21:35 | 編集
リンクを少し直しました。

登さんはソフトイーサで有名で今はPacketiXやってますね。どんな人かはよくわからないのですが、様々な活動をしているようです。すごい。良くこれだけ時間がとれるものです。
印象としては同じ講義を受けたときにノートPCを持ち込んでタタタタとやっていたのしか覚えてます(日本語変)。最初はソフトイーサの人だとはわからなかったのですが、少し後に知ってその後姿を斜め後ろから見ながら、「あれは講義を受けているふりをしてソフトの開発をやっているに違いない」と勝手に思っていました。本当のところはどうかはわかりませんが、議事やノートをPCで取れる人が少しだけうらやましいです。

わたしは本人の意思とは関係なく情報系に浸っているのでいまだにタイピングの速度が遅いんですよ。キーボード見ながら打っていますし。このブログを始める前もさんざん言われてましたが、HP持ってないの?ときかれました……そんなに情報系に見えるのかと思ったらそうでもないみたい。「よくわかんないけど」PCのことを知っていそうなので、ということらしい。

そんなわけで専攻をしょっちゅう間違えられたり、何が専門なのか疑問視されます。
どーでもいいじゃん、専門なんて。別に専門だから詳しいとは限らないし、詳しいことが専門とも限らない。って私ってば何が出来るんだろう?やろうと思ってもやらず、やれといわれてやり始めればそこそこ出来るようになって、でも続かなくてポイしてしまう。集中力の問題ではなく、もっともっと世界と向き合うことなんだと思う……けどそれが出来ない。自然でいようとすると現実から乖離し、不自然でいようとすると社会から乖離する。何も考えていないときが一番自然だけど、そのときは何も考えてないし、多分思いも、記憶(すること)もないので自然な時がわからない。

本職は数学ですが(だからといって何もできない。成績の悪い生徒です)、書道をやりながら美術部でピアノをやっていました。

これらはすべては私の中で同じものです。

それで今は情報系になるのかと思いつつ、綺麗なほうがいいと考えている私にはさてどうしようか。デジタルカメラなんかは情報系なんだと思う。ビットで画は考えられないけれど、画からビットを見ることは出来る。


自由について。

今日は雨なので何もしないでクリームチーズを口に運び、amazonで頼んだ

LED LENSER レッドレンザー D14 OPT-7456MB
LED LENSER レッドレンザー D14 OPT-7456MB

をチカチカ照らしながらモールス信号について考えていました。英語を!と思うのに、興味はラテン語や、エスペラント、ギリシャにサンスクリット、モールス、クェンヤにそれてしまったり、四月一日、小鳥遊に代表される名字について思ってみたり、多分一生英語を使いこなせるようにならないのではないかと思う。そもそも興味がないものには時間は割けないのだから。
D14は思ったより明るいですが、水中特に海中や透明度の低いところではどうなんだろう。心配することではないのですが6時間という時間も考えたら同じところが出している

サンジェルマン LENSER マイクロ・フロッグマン ネオンイエロー OPT-7484B
サンジェルマン LENSER マイクロ・フロッグマン ネオンイエロー OPT-7484B
もあったほうがよいのかなぁなんて思ったりします。こういうどうでもいいスペックに騙されるのはよくないのですが、本質は「どれだけきちんと照らせるか」であって前提条件の防水はともかく照射時間なんて6時間もあれば十分なのはわかっているです、が。

休話閑題

自由を選ぶならば他の人の自由も認めなければならない。気に入らない、具合が悪いことでもそれを禁止したり奪ってはいけない。
よくみるとわかるのですが、このサイト、著作権の表示はあることはあるけれど、ちょっと不完全だし、しかも「人」に結びついていない。このサイトの人格、その他権利はこのサイト自身が持っている(デザインを除く)となっています。
ある本がすばらしい、音楽がすばらしい、画が美しいと感じたときに、そのものに対して、そのものの中に美を見出すわけで、それを作った人からそれらを見出すことはあまりありません(そのせいかよく作品と作者の結びつきを覚えてない)。
それを生み出した人があるときから悪くなったからといって、その作品の価値が私の中で下がることは「原則」ないはずです。それともうひとつ、生み手がどのような意図、意味を盛り込んだとしても受け取り側がそれをどう解釈するかまでは縛れません。「こう解釈して欲しい」という希望は出来ても「この解釈以外は『禁止』」とは出来ないのです。
もう既に世の中は作品が持つ「なにか」によって自身が積極的に働きかけるようになっている。作者中心ではいつまでたっても飛べやしない、作者が飛ばない限り。

なのでたまに
「何かが書いた絵が、どこそこで高く落札された」
という話に対して、あの絵ならいくらでもかけるし、その価格なら他の画家の絵を買うという話を聞くと、この人は絵の中に価値を見出したいのか、周りからの評価に価値を見出したいのか、作った人に対して価値を見出したいのかわからなくなります。

たいていにおいて、ある作品を気に入ったときに、その作品を作った人の他の作品が自分にとって気に入るものである可能性は高いけれど、その人が作ったからといって私に価値があるとは限らない。


それとこれとは話は別になってしまいますが、私がスパムコメントや、スパムトラックバックを排除する手段として認証や、再確認を使わないのは、その方法だとすべてのコメントを書く人が「スパマー」だと決め付けている雰囲気を醸し出しているところが嫌だからです(実際にそれが元で書き込めないことがあった)。自分のblogに自身でコメントをつけることがあるのですが、そのときに感じた嫌な気配。なんだろうと思いつつ、不便だからこんなのいらない。それよりまず受容して本当にいけないものなら削除しよう(今は正規表現で一度来たものに対してかなり正確にそれだけを削除することが出来るようになりましたが、これで十分じゃないかなぁ)。削除だって禁止と同じだといわれると少し弱いのですが、あまり詳しくない法律を引用するならば、無制限には許可できないこともある、って事でしょうか。あとは自衛って……等と考えていてもあまりピンとこない。よくわからないがその方がいいと思ったからそうしているのであって、結果的にスパムは消されるが、この際スパムが良いか悪いかなんてのはどうでもいい。
あ、そうか一応「スパムって思われるものは消しますよ」って表明しとけばいいのかw


そしてその嫌な気配がどんなものなのかをはっきり理解したのが、映画を観た時。

「最高の人生の見つけ方」
オリジナル・サウンドトラック「最高の人生の見つけ方」
最高の人生の見つけ方

それはなにか?映画が始まるときにでかでかと大々的に、犯罪です、犯罪ですとしきりに連呼。確かにいるかもしれない。しかし大多数がそうではないのに、まるでそうだと決め付けて、後になってから「ああ、あなたは普通ですね、犯罪者ではありません。よし」みたいな。

この問題は根が深いけれどそのうち解消されるかもしれないけれど、お互いの立場でおかしなことをやっている人がいる限り誤解はなくならないだろう(それが全体であるかのように錯覚されるのは良くない)。でもですよ、それがある程度の割合になると、パーコレーションのように一気に物事が進む可能性が跳ね上がるかもしれない。それを信じてやるしかないですね。
Comment
この記事へのコメント
「ある作品を気に入ったときに~」
それは至極まっとうな意見だと思う。
当然といえば当然すぎるほどの話。

ある人がいいことを言ったとして、
いつもいいことを言うとは限らない。
だから、その人が言うことをすべて「いいことである」と信じるのは危険だ。

少し違うかもしれないけれど
それと似たところはあると思う。
2008/ 06/ 01 (日) 04: 25: 13 | URL | maya # -[ 編集 ]
本質的には同じですよ
やっぱり、自分で見て聞いて感じて試して考える。それが基本なんだろうなと思います。

特に作品の場合は作者自身を知ることなんていうのはとても難しく、その人のことはわからない。だから結局は作品だけで決めます。そしてそれと作者がどんな人かもまた別問題なのです。

そしてそれは私自身にもいえる事で、私の言葉は口に甘く、真実は口に苦い。

作者が飛ばないと作品が飛ばないってこともない……元々飛び出さなくても良いと考えているならそれでよいのです。
私のやり方は「これは毒だけど、薬になるかもしれないよ」って事です。いいかどうかはその人によって違うし、半分冗談になってしまう。私自身に嘘偽りがあることは疑いようもなくそれゆえ苦しむ。

あ、そうそう、とうとう始まりましたね。第一回の選考会。どんな作品が選考されるか楽しみです。
2008/ 06/ 01 (日) 17: 06: 47 | URL | MK # EGTCt1XI[ 編集 ]
選考中~
ここにも楽しみにしてくださっている方が。
わぁ、嬉しいです。

技術如何のことよりも、心に残るものを優先する所存です。

はてさて・・・。選考って難しい。
2008/ 06/ 02 (月) 16: 14: 38 | URL | maya # -[ 編集 ]
100個とかw
ほぼですが。既に読んでいる作品もあるとはいえ、しかも読んで感想を述べるだけならともかく選考ですから。
大変だとは思いますが、mayaさんが信じてしていることですもの。きっとうまくいきますよ。

でもこれだけ読んでいると「私ならこう書くな~」とか思いませんか?私はそれが良いもので、惜しい!(なにがだ?)と思えば思うほどそう思ってしまう、かもしれません。いえ、アイディアは特にないのですが。
なんというかそこに伸びる余地があると、触発されて、影響されてそれを着想にして何か書いてしまいそうな衝動に……(世の中でもそれを、なんと言うのでしょうか。インスパイア、オマージュ?模倣、剽窃、エトセトラ)……ならないか。イエキノセイデシタ。
2008/ 06/ 02 (月) 23: 07: 09 | URL | MK # EGTCt1XI[ 編集 ]
近いものはあるかもしれない
「私ならこう書く~」というのはないけど、「ここをこうしたらもっとよくなると思うわん」というのはたくさんあります。
その目を培ったことで・・・過去に自分が書いたもののアラが見えてきて、今まさに吐血中orz

いやいやわたしはこの目こそほしかったのだよ。人生はうまくできたもんさ。

しかし人のアイデアから触発されて、何かを書くということはあります。インスパイアと言い張ります。
2008/ 06/ 03 (火) 06: 38: 01 | URL | maya # -[ 編集 ]


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