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電気羊
2007年 07月 03日 (火) 19:02 | 編集
あるところで、本を読んでいて思い出した事について書いた。その一部。

「自分はドコまでも向上出来る、成長?(歳の意味ではなく技術的に)出来ると、走っている時にたまに考えたりする。」

今日本を読み進めていたら

「あなたたちの多くは、将来のことを何も考えていないでしょう?」
「ええ、考えていませんね。どんどん上達する、どんどん上手くなる、という夢しかみていません」

というのに出くわしてしまって少しドキリとする。
外側から自分の考えを突き付けられるというのは恐ろしい。熱狂はそれ自身であることが前提で客観的なんてものはない。一度でも輪を抜けて客観視したらもう輪の中には戻れない。
それは醒めてしまった夢をあてもなく追い求める虚しさにも似てる。

恐い。何か嫌な感じだ。自分のコピーがいるようで、それは悪いことではないのだけれど、もっと本能に近い部分、生理的な所で嘔吐する。クローンに対する抑制もそんな感情が働いているのかもしれない。

植物の肉を食み、動物の肉を食む私達は人の肉は食まない。それだって随分変な話だ。臭い、美味しくないと言うけれどそんなの他にも沢山あるじゃないか。

本は本であり私は私はであるのにその境界がなくなるのは好きではない。勿論物語の中に入るのはとても好きだ。なんといったら良いか悩むけど、本があるから私があるのか、そうでないのか…そんな悩まなくてもいい些細な事なんだけど。

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