意味も無く「語感」というものが気に入りその言葉を意識的・無意識的に使うようになる。無意識というより気にしてない程度で脳はしっかり意識しているけど。
新幹線のチケットを買うときに自動券売機を利用しようとして並んでいたら、説明してくれる駅員さんがいたので「カクカクシカジカでこんな予定の切符を買いたいのですが」と聞いたら「そんな変態な予定は機械では無理なのでカウンターでどうぞ」と言われてしまった。
整理券をとって並んでいる間、パンフレットをつらつらと眺めていたらこんなものが目に入る。

新幹線でなくこういった18切符的なものでのんびり旅もいいなぁ。思うんだけど、のんびりしているようでコレって意外と体力がいるので、老後にのんびりなんて考えずに今すぐやれるときにやったほうがいいと思うのは変なのでしょうか。5日間フルに使ってもいいし、そのうち3日間でもいいかなぁ。行動範囲的には限られるから東日本と決めて価格を下げているのは少しいいかも。18切符はあるのは知っていてもいつも忘れてしまい、気がついたら終わっているんだよね。昨年とか一昨年あたりはかなり時間があったから利用すればよっかったのかも。
なんとなくずーっと本を読んでいそうだけど。動いて景色が変わる図書館くらいにしか使わない可能性が……それもいい。旅もいい。テクテクとふらっと気ままに歩いて。いつものように予定はない。最近気がついたことは細かい予定を立ててしまうと心のそこから楽しめなくなることが多い。こなすことに心が費やされてしまい、それはそれで満足なんだけど、全体がぼやっと個々も薄い感じになってしまう。それは私が完璧主義過ぎるからなのだろうか。とてもそうは思えないけど。
書きたいこと、やりたいこと、成し遂げたいこと。どれもこれもとても時間がかかって遅々とした歩みだけれども一回一回が満足するように全力を適当にかけていけたらな。それでいい。
忘れているわけではないけれど、プレゼント企画がおざなりになっている……むぅ。
それで、今回は西なわけですが夏の約束です。冬に行くのはその頃から決まっていたので後は行くだけだったけれど、何回かあった連続の休みのチャンスを見逃していたので今年は次を逃したら無いぞ〜、と。新幹線使って2箇所、しかもお話してご飯を食べるだけだから日程的には結構なゆとり。何かを観に行く旅行もいいけれど人を訪ねる旅行の方が好きみたい。
クジラのように雄大にそしてどこまでも深く、緩急を使い分けながら泳ぐようにこれからも生きていきたい。
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