・花火を観る
・稀友人に会う
・プレゼントを貰う
・プレゼントをあげる
・お酒を飲む
なかなか充実してたような結構早い1ヶ月でした。流石に疲れたのか、それとも飽きたのか日曜日はずーっと寝ていました。
8月はヒッキー決定である特定日を除き大人しくしてます。結局何も準備できなかったんだけど大丈夫かな……
後はヒッキーなので試験勉強をする予定。読書はしばらくお休みかも。
プールか海に行きたいな。
○を感じない。全く。
そんな話にあれこれ答えながら、そんなに違うのかと悩む。
援護射撃は、
同○というより異○とデートしている気分。
とても不思議がっていたけど、そんなの私のせいじゃないし知ったことではない。
私は私の思うままにこの世界を歩けば良い。
だから私にはそもそもないんだ。
でも周りは違うルールを求めてる。外れているのだろうか?
夜の東大通を北に走りぬけ、途中でループに入りながら空に浮かんだ月を眺める。
「あの月は今日とても暖かい色をしているけれど、本当はとてもとても冷たいんだ」
でも私にはどうすることもできない。
少しだけDAlIに寄ろうかと思う。緑の爆弾を持って。
隅田川花火大会。
30周年だか30回だか分からないが今年はいつもより多く上がるそう。見に行けるなら行って損はないけど、あの狭いところに関東中から人が集まるのだ。
正直パスした方が良いくらいに。
でもコレは明日。どっちでもよい話。
そして今日からフジロックw
盛り上がってきた!ヒートアップしてきた!もう楽しむしかないんじゃない?夏を。
そして疲れたら木陰に身を委ねシエスタに微睡む。本をゆっくり眺め、木漏れ日に目を細め夜に想いを馳せてみる。
最近フルーツが多くて幸せ。
そんな中で見つけた。(写真なし)
なぜドリアンが?
why?贈るにしてもこれはきつくない?(笑)
アイスやシャーベットにしてもあの香りは変わらないし……
買ってくることはできなかったので見るだけ見てきて満足。
ビリーの起動キャンプは余暇時間が少ない人をターゲットにしているので、1時間以上の時間がある人はあまり購入しないし、する必要もない。でもマーケティングというか、こういう購入側の心理や行動を先読みするのはすごい。そしてそれがはまるとすごいのだろうが、今回に関してはむしろネタとして受けたから売れたという気がするよ…ワモセッ!!だからなw
名古屋の花火も、天神祭も見てみたかった。
これは来年に持ち越し。
来年はヨサコイ二種、バリ、関西の祭り(祇園等々)。
今年は後半を語学と、資格と、海に費やす。+岡山。
そして単位を取得し、進級したら大学院に進もうかと考えています。もう少し先かな?
マンゴーって実の部分(種を除く)をとるのが微妙に難しい。
買ったのは良いけれど、どこがアップルなのか良くわからなかったので
wikipedia。
アップル関係なかったよ。品種の違いか。
りんご味がするかと思ったのに。
実際は普通のマンゴーでした。もっとも今まで食べた、普通のマンゴーもアップルマンゴーかもしれないので、よくわかりません。
色々きり方はあるみたいですけれど、種を避けてスライスしておいしく食べました。ご馳走様。
今日は朝から楽しみだった。こんなにも晴れているのだから、夜もすごく綺麗に違いない。
夕方、落ちていく陽を見ながらだんだん夜になる様を眺める。
そして「お久しぶり」の半月。一番星を伴って。
ドン、ドドン、ドドドン、ドン。
やがて空にこだまする様に鳴り響くそれは遠くの電車の音のようでもあり、夏の風物詩の花火の音のようでもある。しばらく聞いていて、花火が上がっているのに気がついた。
名古屋ではタイミング悪く花火が見れなかったけれど(翌週だったっぽい)、今週は何らかの花火を一度は見れるだろう。こんなにも近くでやっているのだし、実は今もどこかで花火が上がっているのだ。
そしてあの月はその花火を特等席で見ている。全国の花火を見渡し、その光を私に届けて。
朝起きたらいつもと様子が違う。明るい!
急いで外に出て空を見上げたら真っ青な空。梅雨明け宣言はきいてないけれど、こんなに晴れたらやるしかないじゃん。
嬉しさを隠しきれずにニヤニヤしながら準備する。さてどんな遊びをしようか?
11月までの予定がほぼ埋る。あっちに行ったり、こっちに行ったりばかりだけれど今からとても楽しみです。
そろそろ、果物がおいしい時期ですね。
私の今日のデザートは桃と杏。どちらもとてもおいしい!
今日秋葉原へ行く機会があったのでいってみたのですが、UDX?とかそのへんすごくさっぱり綺麗になっていて、事前情報のよくあるアキバっぽくないです。変な人もいなかったし、街も人も変わるということでしょうか?と思ったら、道を奥に入ったらメイドがいた、結構。あと最近良く耳にするビリー○ブート○ャンプのゴムが単体で売っていたw
映像はごにょごにょ、だからこれだけ買えばいいんじゃ……なんて思ったのは内緒。
本質は変わらないのか。あやしいぞ秋葉原w
桃でお酒って作れるのかな。作ったらおいしそうじゃない?
ちょっと聞いてみたい、見てみたいそんなところ。
Genius Partyこっちは観てみたいほうね。
で、こっちは聞いてみたいほう。
二千花最初は音楽から入って映像へ。映像のほうは知らなかった。
二台のPCを使って編集中に気がついた。それだけのお話。
今日は一日アイスしか食べていない。好きなアイスを冷凍庫いっぱいに買い込んでひたすら食べ続ける。ピノはおいしいな〜やっぱりアイスクリームだからか*1とか、がりがりくんのチョコは沖縄で見たな〜とか。いくら食べてもお腹が一杯にならずに、太るどころか逆に痩せるという。
*1アイスの種類でアイスクリーム>アイスミルク>ラクトアイスの順に 乳固形分が多い。多いとおいしいアイスという感じがするが、単にクリーミーなだけかもしれない。でも植物油食べてます、よりは生乳(とは限らないが)食べてます。のほうがリッチな気分になれるのは確か。
がりがりくんは氷菓だと思っていたらラクトアイスだった。
不覚だな。と思ったのが最初で、そのとき何してたんだっけ?と思ったのが二番目。そして空を見てたんだ、と思ったときにはすでに検索(笑)
記憶は儚すぎて未来さえも忘れてしまうのか。
というか過去には戻れない。あそこにならまだあるかな…それでついオンラインの
小説にあたって読みふけってしまい、どんなにチープでもよくあるパターンでも、それを形にし、完成させるという大変さを知っているから「やっぱりどんな文章でも私には面白い」、そう感じる。
知っているか、知らないか、そこには海よりも深い大きな溝がある。本当に些細なことだけれども時間を遡れない以上クリティカルな状況が必ずやってくる。そこで武器になるのは情報、知識、そして信じること。最後がかなり胡散臭いけれど、どんな情報を仕入れても、どんなに知識をためてもそれを信じて使わなければ何ももっていないことと同じだ。ん…正確には「やっぱりそうだった」と後悔をするという確信だけをもっている。
戦略的にはまったく信じないというのもありだけど。(戦術になるかは物事によるかな)後は適当にちらしとく?
情報も知識もどちらも必要だよね。確率の世界は本当にイヤラシイ。
一人でいることにはなにも疑問を感じないけれど、大勢いたほうが楽しいのだけは知っている。
人は留まらず流れていく。
場所はあった。しかしそこに見知った顔はない。ただ以前と変わらない明るさだけがある。
私だけ止まってる?周りはどんどん進んでいるのに、空を見上げて立ちすくむ。
どうしよう
手紙が届きました。マラソンのお誘いです。
今年で20周年のT市は今年もマラソン大会を開催するそうで、それに参加しろと。ついでに夕張のハーフマラソンなんかも同封されちゃって、コース見たときメロン城とかふいちゃいそうw
で、今年からようやく理解したのか景品が使えないTシャツからトートバックに変わりました。なんとなくカスミグループとか絡んでいそうなところが素敵です。さらに完走した人にはサプライズな物が贈られるらしい。大塚製薬提供だから想像つきそうだけど、想像つくようなものだと「サプライズ」じゃないので、きっとあれとか、それじゃないよねw
そんな内容でも少しだけやる気が出たのでちょっとトレーニングしたら、体が硬くなっていて一ヶ月近く何もしていないのを実感。これじゃ完走できないよね。頑張らないと。
封筒の送り元がすぐ近くでちょっと驚いた。もしかして同じところで管理してる・・・?
日焼けしたばかりというのに、もう皮膚がむけてきました。早いと取るか、早すぎととるか微妙。
次の場所は某所で予告していた通り北に向かいます。一泊二日…というかほぼ日帰りなのですが、距離的には神戸とさほど変わらないってところが不思議。あと一日しか猶予がないのですが、準備できるのだろうか?それよりも相手の予定は空いているのだろうか?
神戸では当日に連絡してちょっと迷惑かけたかな…なんてこれっぽっちも思っていない自分ってなんて心が広いんだと逆に関心してしまった。
遊んでいる場合じゃない。
珍しくジャンルが音楽ですよw
Rock in Japan 2007のチケットが届きました。14日に受け取れなかったのは当然旅に出ていて不在だったからです。
Rock in Japan 2007 fes.タイムテーブル見て、スケジュール決めて・・・その前に服装とかコンパクトな邪魔にならないバックみたいなのとかスニーカーみたいなのとか色々そろえないと〜。ここは親友のRIJFESの先輩に(ファッションを含め)相談してみよう。
めちゃテンションあがってきた〜!!
KYというのが空気読めないというのはもちろん知っていた(なぜだろう?TVとかないのに)。
でもコメントでその話題が出たのでそれには触れずにもう一つのほうに触れたら話の流れは完全にKYとかの方にいっている。これは流れ的に米削除したらもうちと話が続きそうだったので、削除したらコメントが増えたw(単にタイミングの問題だったのかもしれないが)。
でも知らない人のコメントがあると入りにくいだろうと思って、次の話題も私が絡んでもよい筈だが、ほかの人には微妙にKYなので米なしで待ってみたら・・・盛り上がっている。正解だったらしい。
ネットの世界は顔やノリみたいなものを実際に目で肌で感じることが難しいので、ただでさえ周りのことを考えない私のことだからコメントされたほうもさぞかしコメントしづらいだろう(わざとぼかして書いているのは確かだけど)。
しばらくは見守っていようと思う今日この頃。
メッセージありがとうございました→くれた方々。
今年もっとも遠い所はインドネシアから?でした。国際ローミングとか離れている実感がわかないので疑問形ですが。
この間に台風や地震で凄いことになっていたらしい。車にいたから気が付かなかったけど(川が増水してるのはわかった)、途中で感じた変な違和感が地震かな。
前々から言われていたけど「小さな親切、集めれば大きな親切、集まれば大きな迷惑」というのがだんだん分かってきた気がする。
行為は受け入れられて、初めて好意になる。
人の体は思った以上に自由なものではない。動かせない部分はたくさんあるし、動いているものでも自身の意思で動かすことができないものも多い。
その点、精神(気持ち)はかなり自由があるので考え方や捉え方を訓練すれば比較的楽に色々な事が出来るようになる。
そんな訳で人を形成するとき肉体的側面からと、精神的側面から入るやり方があり、後者は対象を広く取れるのでよく使われる。
効果としては勿論両方からやるのが一番効果が高いのだが、そのバランスが難しい。どちらも正負にかかわらず負荷がかかるので師を仰ぐ場合が多い。一人では試行錯誤が大半でロスが多いから。巨人の肩に乗れるのなら乗った方がよい。
何事もケイゾクしなければ成し得ないものとは限らないが、少なくとも私の望むささやかなモノはケイゾクしなければ駄目らしい。
人生の深き淵、その先に見えるものの趣深さは幾漠か。
思考がぶっ飛んでいるときの文章は自分でもわかりにくい。
・コイル
(電脳のほう)・天使の?
・雲と空
・ドライブ
・神戸
・脳をいじる人。その感覚。
・念
ようやく思い出したときは確かに気持ちがいい。
奴がコチラをジッと睨むからそれに挑んで前進する。阻むものは風と雨、そして波。
通行止にされた。
でもめげない。すかさずルートを変更し今に至る。
愛知県名古屋市
ここから西はやはり厳しいか…大阪は無理っぽ。
さーっと降る雨の中に心が折れる乾いた音を聞いた。
昨日二週間以上も体を動かしていないことを思い出し、軽く動かしてみる。しかし残り20分のところで心が折れてしまう。地面に手はつけないが膝に手をついてしまう。
今日、夜に鶴舞線に向けて出発しようと決めていたのに、雨を見ながら向こうはもっと降っているのかと思ったら心が折れてしまった。囁く「次でいいじゃん」。鶴舞線のどこかにいる人に軽く会い、本をもらった人にお礼でもしようと決めていたのに、意志の弱さはその生きる力のなさを如実にあらわしている。
それならば、今日からの三日間は次のことをしようか。
・デジカメのセンサーに付着した埃とり
・Macの電圧の調節
・Vista64bitのインストール
どれもこれも何気に難易度が高い。関係ないが、器用さというのは生きていく上でコミュニケーション(社交性)の次に大切なスキルだと思う。私は器用なほうだろうか?
たぶん器用貧乏。
デスクトップはいつも晴れ。

って言葉が似合いそうなほど蒼く燃え上がる揺らめきに心を奪われ、気が付いた時には既に空に墜ちている。そんな夢をみた。
わからないけれど彼方が私を呼んでいたのだろう。応えるように手をのばしたらどこまでも掴み取れそうな気がした。
ここ暫く動きもせず籠っていたのは嵐の予感があったから。
かなり前から届いていたけど、ようやくインストールしました。
少し使ってみた感想は…世間で言われているほど重くなく結構快適に使えます。というかXPよりも快適?
GPUを使っているからなのかな?
操作回りはメニューの構成が変わったりしているので慣れが必要だけれど見た目も綺麗だし、起動もなかなか速い。
これなら完全移行しても良いかな〜。今は32bit版だけど64bit版も試してみよう。
星を見る!と決めた時に悩むのはいつ、どこで、どうやって、誰とみるかですが、日本に限って言えば梅雨の時期なので場所は梅雨がない所か終わったところ、あとは適当に。
と言いつつも何ヵ月も前から計画してたんですけどね。祭は一年がかりのイベントですから。
天の川と三角形、蠍座の横に輝く木星を見ながら、ふと流れ星を見ました。流れ星は本当に運が良くなければ見れないと思っていましたが、全天を見ていればかなりの高確率で見ることができるみたい。
本当に何も無い所には「本当」があるみたい。
誰もいないバーカウンターにてオリゼーと。
もやしもんの作者に会ってきます。
嘘。夢オチ。
織姫と彦星に絶対に会える場所に行きます。私の魂は月にある。だから基地に戻るのはまた来週。探してもいません。見つけても見てないフリしましょう。
最大倍率にしたら見えるかも。
オリゼーストラップがいくつか手に入ったので1つを開けてつけてみた。
色が黒だから少し浮いていますが他の色なら合いそう。しかしオリゼーさんは実に折れやすそうな構造してます。鞄やポケットに無造作に入れて踏んだりしたら「ポキッ」と音がしそうです。
でまだコミックは見てませんw
事情があって来週に見ることになりそうです。ホントのんびり屋さんですね。
「おはよう」
「…うん…」
「ワイン一杯でこんなに良く寝ている人初めてだよ」
「今何時?」
「ん…10時。遅い?」
「いつもより4時間…」
「見かけによらず早起きなんだ。夜型かと思った」
「外は?」
「ん…?」
「天気」
「あ…雨。小降り…かな。雨は嫌い?」
「私の心と同じ」
「私の心とは?」
「穏やかで、冷たくて、涼しい。とても好き」
「いい天気だね」
「ね、出掛けよう」
「何か食べる?」
「ジェラートを」
「雨なのに?」
「雨だから」
「雨だもの」
「だから」
「傘を差して二人で歩こう」
GAME OVER.
しかし驚くほど私は本を持っていなかった。
私の部屋にはおおよそ小説やら漫画などといったものがない(今はもらったものがある)。厳密に言うと注釈のことから「自分で買った小説や漫画は一冊もない」という事だ。教科書や辞書などは買うけれど、そういったものは買わなかったし、買ってこなかった。一時期熱狂的に買った時期がないわけではないけれど、一年も持たずに終わってしまった。それでもまだ小説だ。
漫画(というか単行本)なんて買った事ないよ。
そんなわけではじめてのお買い物編スタート。
あるところで、本を読んでいて思い出した事について書いた。その一部。
「自分はドコまでも向上出来る、成長?(歳の意味ではなく技術的に)出来ると、走っている時にたまに考えたりする。」
今日本を読み進めていたら
「あなたたちの多くは、将来のことを何も考えていないでしょう?」
「ええ、考えていませんね。どんどん上達する、どんどん上手くなる、という夢しかみていません」
というのに出くわしてしまって少しドキリとする。
外側から自分の考えを突き付けられるというのは恐ろしい。熱狂はそれ自身であることが前提で客観的なんてものはない。一度でも輪を抜けて客観視したらもう輪の中には戻れない。
それは醒めてしまった夢をあてもなく追い求める虚しさにも似てる。
恐い。何か嫌な感じだ。自分のコピーがいるようで、それは悪いことではないのだけれど、もっと本能に近い部分、生理的な所で嘔吐する。クローンに対する抑制もそんな感情が働いているのかもしれない。
植物の肉を食み、動物の肉を食む私達は人の肉は食まない。それだって随分変な話だ。臭い、美味しくないと言うけれどそんなの他にも沢山あるじゃないか。
本は本であり私は私はであるのにその境界がなくなるのは好きではない。勿論物語の中に入るのはとても好きだ。なんといったら良いか悩むけど、本があるから私があるのか、そうでないのか…そんな悩まなくてもいい些細な事なんだけど。
抜け出したいな…と思っていたのがよほど顔に出たのか「出掛けていいよ」と声をかけられた。
これで本を買えるかも!と思ったのは一瞬で、出掛けることは出掛けるのだけれど、人をエスコートしなければならない。本は見に行けないのか…
表向きにも裏向きにも私は携帯を持っていないことになっている。確かに携帯は持っていないのだが、ストラップくらいあっても良いだろう?
程よく電波が届かない距離感が私は好きなんだ。
来週末は連休らしいので何もなければ西に移動。暑いだろうか?
今手にしている本に自分の感じている事が書かれていたら、表現されていたら、嬉しく思うのだろうか。
もし作家なら、もはや書くことは既に存在したと自身の存在を必要なしとするのだろうか。
私は「僕」ではないので例え同じ感情を持っていても別物だ。
それでも空を好ましく思うなら私は「僕」の仲間なんだと思う。
車のシートに深く座り、本を片手に持ちシートを傾ける。車内は広いから狭いコクピットの感じは味わえないだろうけれど、それでも椅子に座って読むよりもずっと快適だった。
部屋は空調が効きすぎて体が重い。
ここの空気はこの時期特有の少し湿った暖かさをを持っている。空調が効いているよりこっちのほうがずっと快適だ。
「本を読むと、知らない世界のことなのに、見たこともないものなのにそれらが頭の中に浮かんでくるんです。言葉はいつも映像となって目の前に現れては消えて、その儚い、うまくいえない切なさが胸を締め付けます。」